カテゴリ:雑感( 27 )


2016年 11月 21日

二人展終了



11月5日より開催しておりました 京都 蔵丘洞画廊での 岩﨑絵里・久野隆史展が19日をもちまして終了しました。
ご来廊くだすった皆様・ご協力くだすった関係皆様には心より感謝いたします。ありがとうございました。

何があってもおかしくない歳になってきている現在
うごける身体と時間に感謝しまた次の絵といきましょう




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by kunohan | 2016-11-21 11:32 | 雑感
2014年 12月 31日

大晦日

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今年も終わろうとしています

筆を持つ人になってから四半世紀あっという間です。
生きてきた時間よりこれからの時間の方が短くなっていることに焦りをかんじつつも、
ものを見る自分のものさしが少しずつ変わってきて一歩一歩何処かへ確かに進んで来て行っているのだと感じます。
今まで描かせてもらえた環境にこころより感謝するばかりです。
自分の絵が不器用で上手ではないのは痛感させられるばかりではあり、
自分ではどれほどのものかまだよくはわかってはいませんが、
残された絵描きとしての時間
自分のものさしで只只ひたすら描くばかりですが
生活の中で必要とされる絵、ひとの想いを代弁できる絵
自分が絵描きとして描き続けている以上、
自分の絵が人のためになるような絵をつくりたいと最近やっとこさ想うようになりました。
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by kunohan | 2014-12-31 02:51 | 雑感
2014年 03月 27日

TARO

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何時きてもこのTAROさんの塔はすごいと思います


44年前、この塔の前で父親に撮ってもたらた

今、我が子をこの塔の前に立たせて撮った自分

流れる時間といつでもある時空間

直線的な時間の流れの中に波打つ時間がおもしろい
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by kunohan | 2014-03-27 03:45 | 雑感
2013年 11月 11日

日常と絵


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かっては今より日常の空間には普通に絵がありました。
生活の中で自然に必要とされ、そして絵描きは多様に、適正な大小の絵を描いてきました。
お軸 巻物 屏風 扇子 団扇 短冊 襖 壁画 焼物絵付 版画 画帳 絵日記 着物意匠
室内装としてであったり、直接手にとり眺めるものであったり……
しかし今日では、おきまりの額縁に入り、絵を見る場所見せる場所のほとんどが公共の美術館やギャラリーとなりました。
その絵は広い空間に合わせどんどん大きくなり
両脇の絵に負けないぐらいのインパクトある強い絵を如何に表現するかを問うことが主流となっています。
それも今の表現であり絵描きとして表現する上で自然な流れの一つだと思いますが
そんな見に行くことでしか見れない大きすぎる絵は生活から遠のいて
どこか別世界の存在になっていることに少し考えるところがあります。
今みたいな時代だからこそむしろこれからは、日常に根ざした絵の表現や置き所がもっと大事になってくるのではないかと思います。
美術館でしか飾れないような定形サイズの大きな絵は日常空間には向いていません。
会社や学校のエントランスに飾れても、自宅に飾れないし飾りたいとは思わないです。 
季節の変わり目や来客によって絵を掛け替えたり
また、絵を掛け替えることで望む時空間を産み出して風韻を愉しんでいたり
物語や日記を画文一体で画帳や巻物に描かれたりと
もともと日本の絵は時間や空間をつくり、生活になくてはならない密接な関係にあったものです。
住宅環境の変貌もあるでしょうが、生活の中で絵との距離があることにとてもさみしく思います。
現代のスピードと経済の中では難しいのかもしれませんが
絵を見る方も描く方も日常で絵を嗜む愉しみがもっとほしいものだと
最近よく感じるようになりました。
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by kunohan | 2013-11-11 00:55 | 雑感
2012年 12月 31日

大晦日

年末年始の冬山登山者の入山のニュースを聞くたびに
登山から遠ざかったいまも毎年この時期 正月の山の天気が気になりだす
仲間と登った厳冬期の劔岳の記憶もよみがえる
チンネの登攀、蒼氷の岩陵縦走、ラッセル、ドカ雪の嵐で雪洞に閉じ込められたことなどなど……
不安や恐怖 厳しい経験もしたがそんな中で自然と共鳴する瞬間がたまらない
苦しい経験をしてもまたあの自然との共鳴に近づきたくまたあの山にいきたくなる
ずば抜けた技術体力を持ち合わせても人一人ができることってしれている
無力感に打ちのめされることも
でも山の神さんのいるところに近づいてみたい自然と共鳴してみたい……
山の世界も もの作りの世界も同じ
謙虚な気持ちで偉大な自然からより深い共鳴をいただきたいと感じる
今日からまた冬型気圧配置のために山では相当荒れそうだ




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画像は私が二十歳の年の大晦日の日
仲間三人と越中 劔岳小窓尾根を攀じっているところ(photo 大ヶ谷宗一「劔岳讃歌」より)
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by kunohan | 2012-12-31 02:10 | 雑感
2012年 09月 22日

窯炊き

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先日 友人である陶工の窯炊きを見学させてもらった
白色に吹き出す炎をみながら
ここに至るまでの陶工の仕事が浮かぶ
山や地から陶土をさがし
草木から灰にして蚰薬をつくり
レンガと土を積み窯をつくり
樹木から薪をいただき
水の含んだ陶土は人の手でかたちとなり
最後は火の神さんにゆだねる
山水草木火とものつくり
合理性や利潤からはすこし距離があるかもしれないが
そんな彼の地道で前進するものつくりのひとこまを見せてもらって
ひとり感動していました



そういえば
絵画も土や石から顔料をいただき
けものから膠や筆をいただき
草木から紙や布を
火から墨
そして水と人の手でかたちとなる
山水草木火とものつくり
地道にもっともっと前進していく勇気がわいてきた
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by kunohan | 2012-09-22 02:47 | 雑感
2012年 08月 01日

「かたち」と「気」の展覧会

台風が接近しているせいだろうか、どこか夏の終わり頃のような空模様であった。
今日は京都近美の「KATAGAMI Style」展とカホ・ギャラリーの下保昭 水墨画展を拝見してきました。
どちらも静かに私の五感に染み込み、前へと踏み込む刺激をいただきました。

「KATAGAMI Style」展では職人の手仕事が作り出す文様の魅力と、
それが人から人へ其々の文化に吸収され展開していくおもしろさに堪能。
観覧者が割と少なく、作品の前で関係ない話しをするような人もなく
ほんとうにこの展覧会に共感された方ばかりのようであったので
会場の空間も心地よくゆっくりと観ることができました。
冷房がとても効きすぎて寒むかったのが辛かったが…。
常設の日本画コーナーでは麦僊の蓮のスケッチなど夏をテーマとした風景や花鳥画が並び
こちらもとても見応えがありました。

カホ・ギャラリーの下保昭 水墨画展は日本の名瀑と硯。
小さな瀑布の作品ではありますが引き込まれてしまいます。
かって沢登りで黒部の谷や屋久島の谷など
滝を越え遡行した時に感じた皮膚から毛穴から全身から染み込んでくる瀑布(自然の気)の記憶が呼び起こされます。
私も身体に記憶する山の気配をかたちにしていかなければならないと感じた展覧会でした。




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by kunohan | 2012-08-01 20:51 | 雑感
2012年 06月 17日

19歳の頃

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中学校に入学とともに取り憑かれたように山登りの魅力に目覚め20代半ばまでがむしゃらに攀じり続けた

写真はそんな山行の中の一コマ 北アルプス鹿島槍ヶ岳北壁登攀後の風景(背景の山がその北壁)

厳しい山、美しい山、山の仲間達から多くのもの感動をいただき学び育てていただいた 本当に感謝している

蒼氷を蹴る音、落石の雨、厳冬のビバーグ、仲間との別れ……

岩壁に咲く小さな花やハイマツの匂いにこころ緩み、降り注ぐ満天の星空に神秘を感たり…… 

作家活動に重心が移ると自然と山から遠ざかってしまったが

遠ざかって20年近くなる山の体験は今も私の心身に焼きついている

山で追求してきた本質と絵画での表現とは根底では同じものを追い続けているのだろうと思っています
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by kunohan | 2012-06-17 23:38 | 雑感
2012年 02月 01日

お稲荷さんと板の皿

先日ご近所の木工作家さんのご夫婦から
手作りのお稲荷さんとそれをのせる北山杉で作った皿をいただきました
食しながらお稲荷さんもお皿も時間を割いて
丁寧に作って下さっている風景が浮ぶようでした
私達家族のことをおもい手間隙かけてくだすった
これらの心のこもった贈り物に
何時も気に掛けていただいているお気持ちが
じんわりと深く染み込んできて
とても美味くいただくことができました

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   お寿司はやっぱり板がとてもよく似合います
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by kunohan | 2012-02-01 09:33 | 雑感
2011年 03月 13日

祈念

心傷みます

より多くの方々の無事を祈らずにはいられません

状況を眺めるばかりで遠く離れた地からでは無力さも感じますが

ここはいつもどおりこころ込め筆を運ぶことも大切だと思います
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by kunohan | 2011-03-13 22:08 | 雑感