KUNO Takashi

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2015年 06月 20日

かたち


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by kunohan | 2015-06-20 16:04 | もの
2015年 04月 19日

戦艦とライオン



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by kunohan | 2015-04-19 14:25
2014年 11月 26日

板絵


ご縁いただき檜の板に絵描かせてもらってます。
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先ずは下準備
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by kunohan | 2014-11-26 01:16
2014年 11月 21日

向こう



向こうを覗いてみました

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by kunohan | 2014-11-21 02:29
2014年 09月 25日

旬の肴


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蝗の佃煮

稲刈りの日、息子は「イナゴ食いたい!」「イナゴ食いたい!」と
稲刈りもそれなりに楽しんでいましたがそこそこ刈ったあとは
気分は食べるためのイナゴ捕りに夢中になり
あっちこっちうろうろ網振りまわしておりました。
持ち帰ったイナゴは丸一日断食させ糞を出し切った後に湯通ししてから
羽と足を捥いでくつくつと煮込みます。
できあがった黒光りした蝗を満足そうに食している息子の顔が印象的でした。
私も子供の頃信州の親戚のところで食した以来でしたんでちょっとこわごわいただきましたが
酒の肴としては貴重な旬の珍味です。
虫きらいのひとは 「ひぃ〜〜〜〜〜」 でしょうが……

イナゴの漢字は「蝗」。 かっこよすぎます。大陸で派生する大群のイメージ?
「稲子」とも書くそうですが、こっちのほうがいいなぁ。。
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by kunohan | 2014-09-25 00:55
2014年 02月 24日

きえゆく象

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防虫剤で結晶をつくりました

美しい姿に見惚れていましたが

みるみるうちに針山は小さくなり

消えていかはりました
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by kunohan | 2014-02-24 05:35 | もの
2014年 01月 07日

七厘




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膠がゲル化します
電気もガスもない時代
絵描きさんはどのように画室を暖めていたんだろう
きっと火鉢を幾鉢も画室のあちこちに置いていたんでしょうか
我家では2代目の七厘
料理に暖房に活躍してくれています








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by kunohan | 2014-01-07 21:11
2013年 11月 25日

drops


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by kunohan | 2013-11-25 22:45 | 制作
2013年 11月 21日

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信楽まで朱漆「根来」を観てきた

まとまってこれだけ多くの「根来」を観たのははじめて
用のものとして大切に使い使われてきた美しさに
自分の身体から自分が離れ「根来」の朱に入っていきそうになる
どれもこれもすばらしい 手に取ってみたい!欲しい!使いたい!
あの丸盆に酒と肴をのせて嗜んでみたいものだと……
やっぱりいい絵やものは身近に置きたくなる


根来という言葉をはじめて知ったのは私が幼い頃
テレビで観た「仮面の忍者赤影」に出てくる悪モンが根来の忍者であったのでよく記憶している
巨大怪獣をあやつる奇妙でどこか憎めない陳腐な怪しい悪モン
それもあってかそのころから子供心に「ね・ご・ろ」の音の響きに不思議な怪しい魅了を感じていた

やっぱり「根来」は怪しく深かった
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by kunohan | 2013-11-21 00:22 | もの
2013年 11月 11日

日常と絵


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かっては今より日常の空間には普通に絵がありました。
生活の中で自然に必要とされ、そして絵描きは多様に、適正な大小の絵を描いてきました。
お軸 巻物 屏風 扇子 団扇 短冊 襖 壁画 焼物絵付 版画 画帳 絵日記 着物意匠
室内装としてであったり、直接手にとり眺めるものであったり……
しかし今日では、おきまりの額縁に入り、絵を見る場所見せる場所のほとんどが公共の美術館やギャラリーとなりました。
その絵は広い空間に合わせどんどん大きくなり
両脇の絵に負けないぐらいのインパクトある強い絵を如何に表現するかを問うことが主流となっています。
それも今の表現であり絵描きとして表現する上で自然な流れの一つだと思いますが
そんな見に行くことでしか見れない大きすぎる絵は生活から遠のいて
どこか別世界の存在になっていることに少し考えるところがあります。
今みたいな時代だからこそむしろこれからは、日常に根ざした絵の表現や置き所がもっと大事になってくるのではないかと思います。
美術館でしか飾れないような定形サイズの大きな絵は日常空間には向いていません。
会社や学校のエントランスに飾れても、自宅に飾れないし飾りたいとは思わないです。 
季節の変わり目や来客によって絵を掛け替えたり
また、絵を掛け替えることで望む時空間を産み出して風韻を愉しんでいたり
物語や日記を画文一体で画帳や巻物に描かれたりと
もともと日本の絵は時間や空間をつくり、生活になくてはならない密接な関係にあったものです。
住宅環境の変貌もあるでしょうが、生活の中で絵との距離があることにとてもさみしく思います。
現代のスピードと経済の中では難しいのかもしれませんが
絵を見る方も描く方も日常で絵を嗜む愉しみがもっとほしいものだと
最近よく感じるようになりました。
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by kunohan | 2013-11-11 00:55 | 雑感